ある夜、凍った湖の上を犬ぞりツアーで走っていたときのこと。空には雲ひとつなく、空気は澄み切っていた。放射冷却によって気温はみるみる下がり、マイナス35度を下回った。吐く息に含まれる水分は、フェイスマスクに付着するとすぐに凍りつく。眉毛もまつ毛もなにもかも、顔じゅう真っ白になっていた。
「早くツアーを終えて暖かい家に戻りたい」
頭の中はそのことだけで、操縦に気も入らず、ソリは犬任せに進んでいった。
犬は賢い、犬舎までの道を完全に覚えている。ツアーにおけるマッシャーの仕事は、減速する時くらいのものだ。こんな日は犬たちも早く帰りたいだろう、藁のしかれた小屋で暖まりたいだろう。
異変に気付いたのは、犬たちが勝手に減速をはじめたからだった。
なにをしているんだ、早く帰ろう。
「ハッ!ハッ!カモンッ!」
犬たちは何故か走ることに集中できてない。よく見ると、何頭かの犬が空を見上げているようだ。
ピンク一色のオーロラが空をおおっていた。ものすごい速さで形を変えながら、踊るように光を放っていた。犬たちは驚き、ついに足を止めてしまったのだった。
犬は色をモノクロで認識しているといわれている。
しかしあの時、たしかに犬はピンクに染まる空をしっかりと見ていた。あれはなんだったんだろう?色を見ていたのか、それとも他の何かを感じていたのだろうか。
先住民のマッシャー(犬橇師)から聞いた不思議なおはなし。
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